「おねーさん、それ、なあに?」
ふとかけられた声に、メリッサは足を止めた。
孤児院の中庭をぐるりと回るように植えられた生垣の陰から、十歳か、あるいはそれより幼いような年頃の少女が、不思議そうにこちらを覗き込んでいる。
その視線の先――メリッサの口元には、大きな嘴のような形状をしたマスクが着けられている。それは、通りですれ違う人々でさえ露骨に物珍しがって視線を遣るような、異形の面頬だった。
メリッサ・山吹・メイソンという殺し屋に初めて会う者はみな、きっとそれを彼女の一番の特徴として捉えるだろう。メリッサ自身、奇異な目で見られることにはもう慣れきっているものの、このフランス南部の田舎町で過ごす時間は、感じる視線が都会よりも少なく、居心地の良さを感じていた。
ふむ、とメリッサは口元に手をやって考え込む。これは負傷した声帯を補助するための機材なのだと正直に答えてもよかったが、彼女はそうする代わりに悪戯っぽく目を細めて言った。
「……実はわたくし、この大きな嘴で悪い子を食べに来た魔女なんですのよ。御父様の言うことを聞かない悪い子はいるかしら?」
「え!?」
少女は驚いて声を上げ、目を逸らす。自分も後ろめたいことがあるときはそうする癖があった――と、メリッサはかつての自分を重ね、それを微笑ましく思った。
「……この間、お皿を三枚も割っちゃったの。きれいなお花の絵が描いてあったのに」
少しの間を置いて、少女は俯きながらそう言った。
「あら、それは大変。でも、わざとではないんでしょう? お嬢さん」
「わざとなんかじゃないわ! それを御父様に話したら、あなたと同じことを聞いてきて、それで……でも、『アリスが怪我をしなくてよかった』っておっしゃったのよ」
「そう。相変わらずお優しい方ですこと。それに、あなたも素直にお話しできたのは素晴らしいことですわ」
そんな風に白状した少女は、もじもじと両の手の指を合わせている。小さな指には絆創膏がいくつも貼ってあった。
この孤児院がメリッサの記憶にある頃と変わっていないのであれば、きっとそれは「稽古」によるものだろう。かつての自分であれば、きっとそれを誇らしく思っていたに違いない――けれど。メリッサはその表情をマスクの下に隠しつつ、周囲を見回す。
中庭には、その少女以外にも何人かの子供たちがいた。彼らもメリッサの存在に気付くと、アリスと同様、奇妙な嘴に視線をくれる。
メリッサはそんな彼らに微笑みで返すと、優しい声色で言った。
「さて、他のみんなも、ちゃんと御父様の言うことは聞いているかしら? ……大丈夫、食べたりなんかしませんわ。だってわたくし、魔女でもなんでもないんですから。あなた方と同じ――メイソン家の娘なんですもの」